ヒトリメシ
今日も一日(WANT)TO DO LIST を遂行し、帰りしなに立ち寄った蕎麦屋で笊蕎麦の上に載せられた海苔の中に一枚乾燥昆布が混ざっていた。
「この昆布、食べられるんですか?」
隣で肉を削っていた店員に尋ねた。
「こ、こんぶ??」
拍子抜けした声を出し、店員は手のひらを差しだす。わたしは彼の手のひらにつまんだ昆布を載せた。
「これは、食べられません」
「おい、昆布が入ってたよ!」
店内は私一人だった。
厨房から戻り、再び生ハムを削る店員が、
「お詫びと言っちゃあなんですが・・・一年半熟成させた生ハムです、どうぞ」
と、削りたてのうす〜い生ハムを私の皿にひらり。
まあ、昆布も食べられないことはないと思うけれど、出汁用のぱりぱり乾燥昆布は咀嚼に格闘したであろうことはまちがいない。「わたし、お肉ダメなんです」と言ったら、何が代わりとなっただろうと、ずうずうしくも考えてしまう。
また別の店ではサラダに金属が混ざっており、お詫びにサラダを作り直してくれたけれど、食べていたサラダはもう終盤だったので、もう一枚サラダを食べることになり、サラダでおなかがふくれた。こういう場合のお詫びの方法って如何許りか。
「ごはんは大盛りで!」と注文した隣のお客のごはんが、漫画のごとく大盛りで吹き出しそうになったり、
無農薬で栽培された唐辛子はとても美味なのだけれど、あまりの辛さに一人むせそうになったり、
いつもいたおかみさんが、もういなくなってしまったことを知り、哀しさに襲われたり。
店主がひとりがんばる背中。厨房にちらっと見える若かりし頃のおかみさんの素敵な笑顔の写真。
時々店内で大きな声で隣の客を叱りつけていた、いつもの厄介なお客(おじいさん)を、もう見かけなくなってしまったり。
聞こえてしまう隣席の会話や、ちらっと見てしまう隣の料理・・・
斯く言うわたしもそういうふうに誰かに観察されているのかもしれない。
気づかぬうちに年月を経ている下町の一人飯。
いろいろと愉しもうと思う。
とにもかくにも、
今日も一日ありがとう。
